会津藩家老・内藤介右衛門の屋敷跡にある白露庭 会津若松の庭園

旧跡・文化財

戊辰戦争の会津藩の降伏式が行われた場所

鶴ヶ城の玄関口にある会津藩家老・内藤介右衛門の屋敷跡。ここの白露庭(はくろてい)の存在を初めて知りました。緑の多いお庭だなと思って通り過ぎていたのですが、車からみているだけだったのです。

会津に暮らして四半世紀が過ぎようとしているなか、初めてじっくり眺めました。

戊辰戦争の会津藩の降伏式が行われた場所。そでは緋色の毛氈(フェルト状の敷物)が敷かれており、藩士たちは無念を忘れまいとこれを切って分け合い、後に「泣血氈(きゅうけつせん)」と呼ばれるようになったと看板に書かれていました。

会津若松観光ナビサイトでも紹介されているのですが、車を停める場所がなく、少し離れたところに停めて見に行きました。

明治以後は裁判所の前庭となっており、それは現在も変わりません。

重々しく感じられる裁判所の前に、美しい庭があるのは風情がありますね。

きれいに手入れされていますが、池があったような場所は水がないので、少しさみしい。どの庭も池があると途端に風景が大きくみえてくるように思えるのです。

会津若松市追手町6-6

会津若松の庭園といえばこちら、

会津三庭園の一つ

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